ブログトップ

セッションハウス スタッフブログ 【スタッフより。】

fromstaff.exblog.jp

<   2011年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

相次ぐ20周年記念プログラム

今年はセッションハウスが誕生してから20年。それを銘打ったダンス・プログラムが次々に登場していますが、1997年の開始以来、ノンセレクトの公募公演「シアター21フェス」も先週で84回を数えるに至りました。

申し込みは早い者順、誰でも作品を発表したい人に区別なく出演できるプログラムは、ダンスへの登竜門として、また新たな試みをする実験の場として重宝がられて、今やなくてはならないプログラムとなっています。

「Step up」や「アドバンス」など作品時間を長くしたシリーズも随時企画されており、ダンサー達のチャレンジ精神を刺激し続けています。そして、このプログラムから大きく育っていったダンサー達も少なくありません。

先週の「vol.84」にもバラエティに富んだ7作品が登場、カーテンコールには全員が照明の石関美穂さんデザインの20周年記念のTシャツをつけてご挨拶、場を共有しあうことの喜びを伝えてくれました。(記:伊藤孝)
d0178431_199354.jpg
 〔撮影:たきしまひろよし)

セッションハウスメインサイトはこちら⇒www.session-house.net
[PR]
by sh_offstage | 2011-06-16 19:30 | Comments(0)

あれから三月、ちりつも作戦継続中


先頃、音響スタッフの上田道崇、相川貴の両君が石巻を訪れ、冷蔵庫などを届けるとともに、瓦礫の撤去作業や建物の修復作業に参加、当ブログで今なお深い傷跡の残る被災地の現状を伝えてくれました。

私達も被災地のことを忘れてはならないと、義援金募集の“ちりつも作戦”を続けていますが、公演やダンスクラスに来て下さる方々から、この一月で100,885円(これまでの合計364,727円)の募金が寄せられました。とりわけ最近は若いダンサー達が終演後舞台に出て積極的に募金を呼びかけ、それに応えてお客さんは募金箱に次々寄金を入れてくださっています。

この“ちりつも作戦”、少なくとも一年間は続けるつもりでいますが、被災地の再生や原発事故の収束はまだまだ長い時間がかかりそうです。その中で私達に何が出来るか、一人ひとりがいろいろと考えているようで、今日も2階ギャラリーでクロッキー会を主宰している画家の丹野有美子さんから、仲間達と語り合って夏休みに山梨県にあるアトリエに福島県の子供たちを招こうという企画を進めているというお話を聞きました。

一つ一つは小さなことであっても、そのような営為が集まれば世の中を少しづつでも動かしていくのかも知れません。
(記:伊藤 孝)
d0178431_15195226.jpg
「UDCアフターズ」公演で募金を呼びかける長谷川怜君らダンサー達

セッションハウスメインサイトはこちら⇒www.session-house.net
[PR]
by sh_offstage | 2011-06-10 15:35 | Comments(0)

伝えるべきこと

こんにちは、相川です!

久しぶりの投稿ですが…実は先週末に同じく音響の上田さんと上田さんの同級生と宮城県石巻市へ被災地復興支援ボランティアとして赴いてきました。

正直まだ上手く言葉に紡ぐ事が出来ていないのですが…現場を直接見てきた者として伝えなければいけないと想い、このブログに書き記します。

自分が行った大原浜行政地区は女川原発が隣接するある意味被災地の前線地域でした。

 発生から3ヶ月を経て、自衛隊が入っているので物資の供給や電気は復旧してあるとはいえ…未だ見付かっていない人が多数居るそうです。その地区でもまだ1人見付かっていませんでした。
 干潮時には捜索ヘリがギリギリの高度で捜索していたり、道中数キロに渡り壊れた瓦礫の山しかない集落があったり、家の上に船が乗っていたり、ヘドロが乾いて粉塵となって舞っていたり、作業していても様々な臭いと大量のハエが発生していて作業の障害になったり…
かと思えば一歩道を挟んで津波から免れた一帯は建物も綺麗で普段通りお店もやっていたり…正直あまりに壮絶過ぎる光景とギャップに津波の脅威を痛感させられました。

 同行した方が支援ボランティアの受け皿になっている団体の方とお知り合いで、何度か行っていたので色々お話を聞きました。

○今にも崩れそうな家が沢山あったが生存者が居ない家・元からそこにあった家ではなかったりするらしく、自衛隊も勝手に取り壊す事が出来ず無残な姿をさらしている所ばかり

○瓦礫の中の家財道具も流されて他の地区からきたものも多くが返却出来なかったり

○高台で助かった普通の一戸建てに4~5世帯が身を寄せ合って共同生活をしている。

ボランティアも市街地までは来ても前線地域には自力でなかなか入って来れないらしく、自衛隊がほぼメインで活動していました。

また様々な利権絡みもあるらしくなかなかボランティアの方々も自由に動けない部分もあるそうです。

そんな中でも…現地の方々は暖かくて時折笑顔も見せてくれて来てくれてありがとうなど声かけられて…胸が熱くなりました。

まだまだ書き足りない部分はあると思いますが…私事の意見ですが、皆様にお願いです。


 
d0178431_14195082.jpg
d0178431_14241431.jpg
今後の復興を見据えると義援金も凄く凄く大切ですが、今の現地はとにかく生活家電や日用品や軽トラックなどが圧倒的に足りないので、皆さんの御家庭で眠っている家電・日用品の支援をお願いしたいです。各自治体で一括搬送を受け付けていると思います。

セッションハウスでも一年を通じてちりつも募金という義援金活動を続けています。
このブログを見て少しでも心に来るものがありましたら募金にご協力頂けるととても嬉しいです。

拙い文章ですが、最後まで読んで頂きありがとうございました。






セッションハウスメインサイトはこちら⇒www.session-house.net
[PR]
by sh_offstage | 2011-06-09 14:29 | わたくしごと | Comments(1)

時空を越えた連帯感に感動

あの日から間もなく3ヶ月になろうとしていますが、今もなお新聞などでは被災者の方々の悲喜こもごもの話が報じられています。

その中で先頃朝日新聞の載った記事で、北海道函館市の漁協から津波で多くの船を失った岩手県久慈市の漁協に228隻の漁船が贈られるというニュースには、いたく感動させられました。

何でも77年前の1934年函館で大火があり、2800人余りの死者・行方不明者が出たことがありましたが、その際に久慈など岩手各地から義援金が贈られたとのこと。その時の恩返しとして函館市の漁協が「漁師にとって船は命。同じ漁師として何かしたい」という思いから、中古の船228隻を集め無償で提供することにしたというのです。

ウニやワカメ漁に使える小型漁船が台船に乗せられて出港したのは函館市の東部にある椴法華(とどほっけ)漁港。私にとってもTBS時代に若い漁師さんを取材したことのある思い出深い港です。海で体をはって働くことが好きでたまらないという漁師さんのさわやかな笑顔が今も蘇ってきます。その漁師さん達の77年という時空を越えての恩返し。足の引っぱりあいに時間を浪費している政治家達と何という違いでしょう。 (記:伊藤 孝)
d0178431_2221533.jpg
朝日新聞(森井英二郎氏撮影)より




セッションハウスメインサイトはこちら⇒www.session-house.net
[PR]
by sh_offstage | 2011-06-08 22:27 | Comments(0)