中村勘三郎さんの突然のように思える逝去の報は、私たちに大きな衝撃を与えた。「巨星墜つ」と言った人もいたけれど、歌舞伎界に活力を与えジャンルの枠を越えて精力的な活躍をしていた光輝く「きらきら星」とも言える人だった。まだまだやりたいことが沢山抱えていた人が、あっという間に「流れ星」のように長い光跡を残して私たちの前からいなくなってしまったのだ。そのスケールの大きな活躍ぶりに比べるべきものではないけれど、伝統を踏まえ鍛え抜かれた確かな技と柔軟な発想に基づく創造力、そしてお客さんに楽しんでもらおうととことん努める姿勢には、私たちを刺激してやまないものがあった。
ここ数日、テレビでは多くの追悼番組を放映しているが、印象に残るシーンが数々ある中で、勘三郎さんが座右の銘について語っている場面が紹介されていた。その言葉とは「型がある人間が型を破ると“型破り”、型がない人間が型を破ったら“形なし”ですよ。」というもの。これはTBS ラジオの名物番組「子供電話相談室」の中で、「やまびこ学校」で知られた無着成恭さんが子供の質問に答えたものだが、勘三郎さんはそれを聴いて自分のやっていることにぴたりとあてはまる言葉として、座右の銘にしたのだと言う。私たちにとっても示唆に富んだ言葉である。
2008年、マドモアゼル・シネマがルーマニアのシビウ国際演劇祭に招かれ公演した時に、勘三郎さん率いる平成中村座が演劇祭の大きな目玉になっていたが、演劇祭本部のあるスタンカ劇場の前で勘三郎さんと遭遇した時のことが懐かしく思い出される。偶然の出会いだったが、勘三郎さんは「マドモアゼル・シネマの皆さんですね。頑張ってください。」と励ましの言葉をかけて、快く記念写真を撮らせてくださったのだった。芸には厳しいけれど、周りの人へのやさしい心配りが彷彿とさせられる出来事だった。勘三郎さんへのお礼と哀悼の意を込めて、改めてその時の写真を紹介させていただく次第である。(記:伊藤孝)