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セッションハウス スタッフブログ 【スタッフより。】

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帰還困難区域からの切々たる声に息を呑んだ27回目の「福島の声を聞こう!」

先週の26日土曜日、2階のギャラリーで27回目となる渡辺一枝トークの会「福島の声を聞こう!」が開かれました。福島原発の爆発事故から丸7年が過ぎましたが、昨年3月に帰還困難地域を除いて避難指示が解除された地域が出ましたが、土壌の放射線量がまだまだ高い地域が多く、安心して住めるような状態ではないと言われています。

今回はゲストスピーカーに、解除区域よりもさらに過酷な状況に立たされている帰還困難区域に自宅がある三瓶春江さんに来ていただき、「故郷はそこに在るのに、そこに住めない」不条理な状況を、語っていただきました。

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三瓶さんは被災前は福島県浪江町の津島地区の家で、家族10人で暮らしていました。しかしあの原発事故で故郷を後にして避難せざるを得なくなり、10人が6カ所に分かれて暮らすという家族離散の生活が長く続きました。現在は福島市内に中古住宅を得て、以前のように家族一緒に暮らすようになりましたが、人々の結びつきが強かった故郷津島地区へ想いは断ちがたく、民俗芸能などを通して地区の人々の想いを繋ぎとめようとさまざまな活動をしているとのこと。ただ農作業など人の手が入らない故郷の光景は一変し、立ち入るもままならぬ元に住まいには、動物たちが縦横無尽に出入りして荒れ放題。放射能除染の問題も立ちふさがって見通しもたたない状態が続いているのです。
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津島地区は戦前満州へ開拓団を送りこみ、敗戦後はそこからの帰国者が大勢いたという戦争の中で揺れ動いた受難の歴史が色濃くある所だとのこと。その地区を再び襲ったのが原発事故だったのです。
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三瓶さんは現在、津島地区への原発事故の責任を国と東電に問う裁判の原告団の1員として裁判闘争の真っ最中。そして更に辛いことは、原発被害者に対する言われなき差別が陰に陽に感じられることだとのこと。そのため車のナンバープレートまで変えるべきなのかどうかといったことまで悩まされていると仰っていました。また、同じ福島県人であっても、解除区域や帰還困難区域などの違いから、結束して国や東電にモノ申す状態ではないことも悩みの種で、そうした苦しい胸のうちを切々と語って下さったのでした。
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次回の「福島の声を聞こう!」は、8月末か9月頃を予定しています。記憶の風化に抗って、福島で起きていることを我が事として目を向けていかなければなりません。皆様のご参加を願っています。(記:伊藤孝)


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by sh_offstage | 2018-05-29 14:31 | Comments(0)
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